2019年

6月

30日

◆自分の信仰をチェックする3つの言葉◆

1. 《罪<赦し》
罪を糾弾する声は大きい。
だが赦しを宣言する声はもっと大きい。
(Ⅰヨハネ 1:9) 「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」
(ローマ5:20) 「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」
The voice of sin is loud, but the voice of forgiveness is louder.
"If we confess our sins, He is faithful and just to forgive us our sins and to cleanse us from all unrighteousness" (1 Jn. 1:9).

2. 《善き業に大小ナシ》
主のために大いなることをしようと意気込む者は多いが、
小さなことを進んでしようとする者は、ほとんどいない。
~D.L. ムーディー~
There are many of us that are willing to do great things for the Lord, but few of us are willing to do little things.” —D. L. Moody

3. 《信仰と疑問》
信仰は、疑問を取り除くことはない。
けれど信仰は、それをどこに携えればいいかを知っている。
~エリザベス・エリオット~
(エレミヤ 33:3) 「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」
Faith does not eliminate questions. But faith knows where to take them. —Elisabeth Elliot

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2017年

10月

06日

◆お金が”権力”を持つとき◆

お金って、ひとたび愛されたら、恐ろしい力を持つのよ。

 

~エリザベス・エリオット~

 

【解説】 お金そのものは、良くも悪くもない、まったく中立的な存在ですが、“ひとたび愛されたら”、権力者に変身するのですね。ミスター・マモンは、彼を愛した人を、男であろうが女であろうが、“支配”しようとします。そして金を愛してしまった人は、自分が金をほしいままに使っているつもりでいても、実はお金を拝し、お金に仕える“富の奴隷”となってしまった自分に気づかないのです。富の奴隷は”偶像礼拝の罪“の奴隷、そして富の背後にある”サタンの奴隷“です。私は長年教会で財務役員を務め、会堂建設のときなどは、何千万もの金銭を扱いました。また教会以外でも、金にうるさいことがすぐにバレて(?)、いろいろな宣教団体で会計を任せられます。いわば、金に囲まれて神様に仕えているのですが、いつどんなときにも心がけていることは、数千万円であろうが1円であろうが、私はお金の所有者ではなく、”管財人“にすぎないのだということです。管財人に求められるのは、忠実な”しもべ“の精神です。これは、自分自身の自由になるお金についても同じです。真の所有者は神様で、私はこの地上にある間、その“神様の財”の管理を任されているにすぎません。神様と、本当に主の業に用いるべき必要を覚えている人のために、委ねられた財を惜しまずよく用い、天に宝を積みたいと願っています。お金に“色目”を使い始めた瞬間、その人はサタンの手中に入れられます。お金は、ヘンな言い方ですが、強烈な“色気”(マネックスアピール!)を持っているのです。私はいつも、「主よ、私がお金を愛することなく、それをお任せくださったあなたを愛することができますように」祈りつつ、管財人の務めを果たしています。

 

(マタイ 6:24) 「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」

 

Money holds terrible power when it is loved.

-Elisabeth Elliot-

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2017年

8月

28日

◆ただこのように生きたいだけです◆

私は今、一つの願いを持っています。

それは、私のエネルギーと力を全て注ぎ込みながら、

主のために“捨てる”ことは意に介さない人生を生きることです。

 

~エリザベス・エリオット~

【解説】 宣教師で最初の夫ジムを、わずか3年間の結婚生活ののち、東エクアドルのアウカ族に殺された彼女は、自ら夫の遺志を継いで宣教師として、2年間の間、彼らにキリストの愛の福音を伝え、多くの回心者を生みました。“アウカの愛の奇跡”です。その後、南米に長く住み、アメリカに帰ってからは、その後の2度の結婚で夫と家庭に仕えながら、クリスチャン作家として20冊以上の本を書きました。また全米を精力的に講演して回りながら、この“願い”をモットーに、キリストにある生き方のすばらしさを説き続け、2015年、夫の待つ天に凱旋しました。

 

(ピリピ 3:7-9) 「しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。」

 

“I have one desire now—to live a

life of reckless abandon for the Lord, putting all my energy and strength into

it.”

—Elisabeth Elliot

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2016年

11月

08日

◆み手の傷は、全てを知る◆

それを全て、あなたのために傷ついたあの両のみ手にお委ねなさい。

~エリザベス・エリオット~

 

“Leave it all in the hands that were wounded for you.”
—Elisabeth Elliot

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2016年

8月

20日

◆今できることを!◆

 

次に何をしたらいいか分からないときは、ただあなたの目の前にあることをなさい。

 

~エリザベス・エリオット~

 

 

 

When you don’t know what to do next, just do the thing in front of you.”

 

 —Elisabeth Elliot

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2016年

7月

26日

◆要らないものを欲しがるのは愚かですよ!◆

 

神様は、私たちに必要なものは、全て備えてくださると約束なさいました。

 

私たちが今持っていないものは、今は必要ないものなのです。

 

~エリザベス・エリオット~

 

 

 

(マタイ6:31-33 「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」

 

 

 

God has promised to supply all our needs. What we don’t have now, we don’t need now.

 

-Elizabeth Elliot-

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2016年

5月

29日

◆何を願ってもいいのです◆

 

神様は、私たちの心の欲求を決して否定なさいません。

 

それよりもっといいものを与えようと思っているとき以外はね。

 

~エリザベス・エリオット~

 

 

 

【解説】 こういう言葉を読むと、”神様って、なんて寛容で、優しいお方なんだろう”と、改めて思います。私たちのうちには、そのキリストのみ霊が住んでおられますから、私たちが悪しきことを願うはずはありません。それでもこの神様の途方もない心の広さがよく分かってないと、“こんなこと求めていいんだろうか?”“これはいくらなんでも虫がよすぎるかなぁ”と、迷ったり、躊躇したりしてしまいます。でも心配ご無用! 大胆に、何を願ってもいいのです。それがとどめられたら、あるいはかなえられなかったら、それは、神様のほうで、もっといいものをちゃんと用意しておられる証拠なんですから! 落胆せずに、期待しつつ、それを待ち望みましょう。ただし、それはあなたが思い描いた答えとはかなり違うかもしれませんよ。言えるのは、それが神様のベター、いえ、ベスト(最善)なのだということです。

 

 

 

God never denies us our heart's desire, except to give us something better.”

 

—Elisabeth Elliott

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2016年

5月

16日

◆永遠(とわ)に失わざるもの◆

 

あなたがキリストにささげたものは、決して失われることはないのです。

 

 

 

~エリザベス・エリオット~

 

 

 

【解説】 この言葉を聞いて、まず思い浮かべるのは神様への献金でしょうか。もちろんそうですね。でもそれだけではないのです。キリストのために、主をお喜ばせするために、“財”と共にあなたがささげた“労力”も、“時”も、決して失われることはありません。時には、最も貴いもの、命さえも――。

 

この言葉を残したエリザベス・エリオットの最愛の夫ジムは、南米エクアドルのアウカ部族に福音を伝えようとして、殉教しました。そして彼女もまた、その彼らを赦し、夫の遺志を果たすため、幼い子どもたちを連れて、ジャングルに踏み入ったのでした。その彼女の言葉なのです。彼女は、夫の死は決して無駄ではなかったこと、一粒の麦の死はやがて必ず多くの実を結ぶこと、そして、キリストにささげた夫の命は、決して失われることなく、キリストに在って生きていること、やがて愛する人に再会できることを信じて疑わなかったのです。

 

私たちも、改めてこの言葉を心の奥深くにしっかり据えたいと思います。あなたは今、失ったものの大きさに、途方に暮れていますか? 何もかも無駄だったのでは、と、疲れとむなしさを抱えていますか? いいえ、決して! 主を第一とするためにあなたが人知れず払った犠牲も、流した涙も、全てキリストはご存じで、ご自身の御懐に、永遠に覚えていてくださいます。なぜそのことが信じられるのか? それは、キリストが今も生きておられる神様だからです。あなたのために喜んで命を捨ててくださった愛のお方だからです。

 

ただし、これには1つだけ絶対条件があります。。己の利益、己の栄誉、己の徳、これらは地上だけのもの、あなたの死と共につかの間に消え去ります。ただ「キリストに」「キリストのために」――。神様は、この“動機”だけをご覧になります。私たちのなす業、ささげたものの大小は一切み前に問われることはありません。この動機でささげられたものだけが、永遠に失われることなく、主のみ前に残るのです。

 

(Ⅰコリ 15:58 「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」

 

 

 

You can never lose what you have offered to Christ.

 

-Elisabeth Elliot-

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2015年

11月

20日

◆聖なる者となさんとて(3)◆

◆今日の霊想◆

―聖なる者となさんとて(3)―

 

  1. ”聖性(聖くあること)”が大多数を駆り立てる力になったことは、ついぞありませんでした。けれども、それは、“神の国に入りたい”と願う者全てに対する神のご命令なのです。

  2. “父のみ心を行う”という一事に据えられた心は、決して恐れる必要も、敗北する必要もありません。

 

~エリザベス・エリオット~

 

【解説】 彼女のこの2つの言葉をつなぐもの、それは、「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」という聖書の真理です(Ⅰテサロニケ4:3)。「父のみ心を行う」ことは、「聖くなる」ということだけではありませんが、その中心的なもののひとつであることは確かです。

 

  1. Holiness has never been the driving force of the majority. It is, however , mandatory for anyone who wants to enter the kigdom.

  2. The heart set to do the Father’s will need never fear defeat.

-Elisabeth Elliot-


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2015年

11月

09日

◆私が信じたキリストの主権と導き◆

  1. 意志と感情が、共にキリストの権威の下に引き出されない限り、私たちは“キリストの主権”を理解もしなければ、ましてや受け入れたことにはならないのです。

  2. 私たちは、“主は導くことがおできになる”という、たくさんの実証を持っています。そのお約束は、考え得るあらゆる状況に適用することができます。私たちがなすべきことは、ただ、彼が伸ばしてくださる手を取ることだけなのです。

~エリザベス・エリオット~

 

  1. Until the will and the affections are brought under the authority of Christ, we have not begun to understand, let alone to accept, His lordship.

  2. We have ample evidence that the Lord is able to guide. The promises cover every imaginable situation. All we need to do is to take the hand He stretches out.

    -Elizabeth Elliot-


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2015年

10月

06日

◆「神のみ心」という人生コース◆

「神のみ心」は、何かあなたの人生に“付け足す”ようなものではありません。それはあなたが選択する”コース”(人生進路)なのです。あなたは、神のみ子と同列に並ぶか、神なき世界を支配する原理に自らを委ねるかのいずれかの進路を選び取るのです。

~エリザベス・エリオット~


【解説】この写真が示すように、今年天に召された彼女は、南米エクアドルへの宣教師として福音を伝え、現地人によって惨殺され、殉教の死を遂げた夫ジムの跡を継ぎ、彼らをキリストの愛によって赦し、自らもまた幼い娘を連れて、ジャングルの奥地に分け入ったのです。彼女もまた、キリストと同じラインに立って、天の栄光のみを求める十字架への道を選び取ったのですね。それが”み心のコース”と信じて――。
 

The will of God is not something you add to your life. Its a course you choose. You either line yourself up with the Son of Godor you capitulate to the principle which governs the rest of the world.

-Elisabeth Elliot


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