◆罪びとと天の父◆

《私=罪びと》 私は人生の中で、“うそつきの偽善者”と呼ばれるよりも、“正直な罪びと”として知られたいのです。

I would rather be known in life as an honest sinner, than a lying

hypocrite.

 

《神=天の父》 我が子へ。自分は独りだなどと決して思ってはいけない。お前が近くにいようが遠く離れたところにいようが、私はどんなときにも、お前の心のただなかにいる。自分自身を信じなさい。そして、“失敗”は、お前が“やってみることをやめたとき”にのみ訪れるということを忘れないことだ。お前がどんな苦しいところを通り抜けようと、たとえ何があっても、私はいつもお前を愛していることを、決して忘れてはいけないよ。

To my son: Never feel that you are alone. No matter how near or far

apart, I am always right there in your heart. Just believe in your self and remember you only fail when you stop trying. Never forget that whatever you go through no matter what I will always love you.

 

(ルカの福音書 15:21-24) [

息子は言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』」

 

【解説】 これが私たちの真の姿であり、これが、そんな私たちへの天の父の愛なのです。この愛には、私を、あなたを滅びから救い出すために、ご自身の独り子を十字架につけなければならなかった、文字どおり永遠の悲しみと苦しみが秘められていることを、決して忘れてはなりません。この愛のゆえに、私たちは、ありのままで今日も守られ、生かされています。