◆知識より知恵を◆

「知識」とは、“自分は何ができるか”にいつも気づいていること。

「知恵」とは、“いつそれをしてはいけないか”を知っていることです。

 

【解説】 考えさせられますね。知識はともすると、「私はこれを知ってる」「私はこれができる」と、“私”を誇りますが、世の中には、「それを言ったら(やったら)おしまいよ」という言葉や行為があるのです。その一言で、その行為で、相手の人は深く傷つき、時には一生かけても修復できないような痛みを与えてしまうことが――。私など、認知症が進んでなかなか私の言うことをのみ込めず、言ったことを守れない妻につい声を荒げてしまっては、「また言ってしまった! ごめん!」と悔い改める日々です。「知識」は自分で身に着けることはできますが、この「知恵」は、祈りとみ言葉を通して、神様から与えていただく他はありません。徹底して自己中心な私たちは、つい自分を高めるために「知識」を用いてしまいます。けれども神からの「知恵」は、いつも他者に寄り添い、その人の幸せと、喜びと、生きる力を生み出すために用いられます。そしてそれを妨げるものは、強い自制心をもって、きっぱりと自ら退けます。たとえそれがどんなに正当なものであっても――。「知恵」もまた、み霊の実、神様の「愛」の一つのかたちなのです。

 

(Ⅰコリント8:1) 「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。」