◆♪楽しき祈りよ 憂きこの世 離れ

(1) 主をよく知ることこそ...もし私たちが、静思の時を持ち、神を黙想することにもっと時間を割くならば、今よりもはるかに良く神に仕えることができると私は思う。(2) それには、夜の時を“夜”は、デボーション(静思の時)を持つには、とりわけふさわしい時間のように思う。その荘重とも言える静けさは、この世の様々な気遣いがもたらす、ひっきりなしの騒音から私たちの心を解き放ってくれる。そして天から私たちを見下ろす星は、あたかも私たちを、神のもとに引き寄せるように、輝くのだ。【解説】 はい、今回も、スポルジョンの2つの言葉をテーマにそって合わせてみました。(1) 私たちが上に立つ人によく仕えるには、教会の牧師先生でも、職場の上司でも、相手をよく知ることですね。相手に関心を持ち、その人がどんな理想を持っていて、私たちにどうあってほしいと考えているのかをよりよく理解できれば、その考え方に沿って、自分の持てるものを全て動員して、その人を喜ばせる奉仕ができます。相手が主の主、王の王であるイエス・キリストであるならば、なおさらのことです。「マスター(主)をよく知らずして、良きサーバント(しもべ)になれると思うなかれ」ですね。私たちが、この世のどんな仕事、いえ、教会のどんなに大切な奉仕にさえもまして、“主と交わる”ことを第一にすべき理由は、そこにあるのです。(2) 朝、それもできるだけ早く静思の時を持てる人は、幸いな人です。そのような人に、神様の祝福が豊かにあることを、私は信じて疑いません。でも、現実は、朝は一日の始まり、あらゆる活動と喧騒の始まりでもあり、目覚めたその時から、“時間”との闘いになってしまいます。これは、スポルジョンの生きた19世紀のイギリスも同じだったようで、現代は、さらに加速度的にその様相を呈しています。――そこで、“夜”なのです! 改めて、“夜のデボーション”の恵みを考えてみなければならないと思います。ただ、現代を精いっぱいに生きている私たちには、夜にも闘わなければならない問題があります。それは“疲れと睡魔”です! 夜のデボーションの時に睡魔に襲われたら、いえ、始める前からすでに睡眠モードに入ってしまったら…、スポルジョンは「星空を見よ」と勧めます! ここには、スポルジョンの意外とも言えるロマンティックな一面がのぞいていて思わず微笑んでしまうのですが、いっとき窓を開けて、夜空を仰ぐのは、確かにいいかもしれませんね。とりわけ冬の冷気は、睡魔を吹き飛ばしてくれます。澄んだ空気の中で一段と輝く星々は、私たちの思いを創造者のもとに引き上げ、このお方に創られ、守られている恵みに浸してくれることでしょう(詩篇8:3,4、19:1)。(解説・聖書引用・訳 小川政弘)I think we might serve God all the better if we had more time for quietude and musing on him.Night appears to be a time peculiarly favourable to devotion. Its solemn stillness helps to free the mind from that perpetual din which the cares of the world will bring around it; and the stars looking down from heaven upon us shine as if they would attract us up to God.