◆処女マリアとエバ◆

《一枚の絵が語るクリスマス前夜(イブ)物語》

 

【天上のエデンの園で】

エバ 「マリア、あなたは結婚前に身ごもったのね。ああ、なんて言ったらいいの? あなたのいいなずけヨセフは、私の夫アダムの血が流れる遠い子孫よ。そしてアダムと私は神様に最初に創られた人間。でも、私が、この足に絡みついている蛇に姿を変えたサタンの誘惑に負けてしまって、この実を食べてしまったの。神様に決して食べてはいけないと言われた善悪を知る木の実を…。それで私たち夫婦の心に罪が入り、全ての人が罪を犯すようになってしまった。せっかく神様の時が満ちて、あなたが救い主を身ごもったというのに、私がこの禁断の実を食べてしまったばかりに(赤い実を握りしめて)、あなたもまた罪の子を産んでしまうのかしら。」

マリア 「(エバのほほを優しくなでて) そんなに悲しまないで。安心して、エバ。生まれてくるこの子に罪は宿らないわ。(一方の手を臨月間近いおなかに置いて)ヨセフが天使ガブリエルのお告げを受けたの。『ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。』って。そう、今このおなかの中にいる子は、聖霊の子。私は罪びとの一人にしかすぎないけれど、この子はきっと罪を持たないで生まれてくるわ。だってこの子は、神様が先祖たち、そう、あなたにも約束された世界の救い主なのよ。」

エバ 「…そう? そうなのね? うれしい!(マリアがおなかに置いた手をしっかり握って) マリア、私が食べてしまったこの実は、罪で呪われてしまった。でも、あなたの胎の実は、すばらしい救いを人々に与えるのね。」

マリア 「エバ! 私、同じ言葉を親族のエリサベツからも聞いたわ。私、エリサベツも年老いてもう子供を産める体ではないのに、神様に子供を授かったってみ使いガブリエルから聞いて、もううれしくて彼女の家を訪ねたの。そしたら、彼女はそれは喜んで、 『あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。』って叫んだのよ!」

エバ「そうだったの…。(足元に目をやって)あ、マリア、あなた、蛇の頭を踏んでるわ! これって…。」

マリア 「あら、ほんとね。いつの間に…。なあに、エバ、『これって』って?」

エバ 「思い出したのよ。アダムと私が、神様にこのエデンの園を追われる時、神様はサタンの化身の蛇にもこんな裁きを下されたの。『わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。』って。『お前の子孫と女の子孫』って、つまりサタンと人間の子孫ってことでしょ?」

マリア 「そうよ。そしてね、この子孫というのは、天使の言うには、人として生まれる“一人の特別の人”のことなんですって。」

エバ 「じゃぁ、そのお方って…イエス、イエス様ね!」

マリア 「そう。だから、母の私が、まるでその前触れみたいに、いつの間にか踏みつけてしまったのかしらね。」(マリア、ほほ笑む。) エバ 「イエス様はやがてサタンの頭を踏み砕く。でも彼は、イエス様のかかとにかみつく…。これって、イエス様もサタンに苦しめられるってことでしょう? イエス様はどうなるのかしら。」

マリア 「それは、私にも分からないわ。でも、先祖イザヤが預言したように、この子は世の人々を救うために、苦しまなければならないの。それがこの子の定めなのです。エバ、私は今夜、この子を産みます。この子のこれからの歩みを、どうか見守っていてね。あなたは天上で、私は地上で、この子と共に――。」

ナレーション (その夜、マリアはベツレヘムの家畜小屋で、イエスを産みました。羊飼いたちに見守られ、東方の博士たちに拝されながら――。その出来事は、聖書に記されています。でもこれは、聖書には記されなかった、天上でのクリスマス前夜(イブ)物語。マリアは、我が子イエスがどのように生涯を終えるのか、その時には知る由もありませんでした。でも、彼女はいつもそのことに思いを巡らしていました。そしてやがて十字架のイエス様のもとにたたずみ、太い釘で打ち抜かれた主の足を見た時、エバが聞いたサタンへの神の裁きの意味を全て理解したのです。そしてまるで自分が槍で胸を刺し通されたような悲しみの中にも、ひそかに確信したのでした。「今ここから、この子の“救い主”の歩みが始まるんだわ」と――。

 

(脚本) 小川政弘 (聖書参考箇所: 創世記3章、イザヤ書53章、マタイ1:20,21、ルカ1:42、2:35、3:23-38)

《ライターから一言》 この絵、初めて見る、ある意味不思議な、でもなぜか心に残る絵ですよね? シスター・グレイスが、深い瞑想のうちに、示されて描いたものなのでしょう。私もなぜかこの絵の前から立ち去りかねて、”天上のクリスマス前夜”に思いを馳せていたら、こんなシナリオが書き上がりました。 (アーティスト) 「処女マリアとエバ」 (クレヨンと鉛筆画)シスター・グレイス・レミントン(厳律シトー修道会)

 

Virgin Mary and Eve Crayon & pencil drawing by Sr Grace Remington, OCSO © 2005, Sisters of the Mississippi Abbey