◆そう思われたくなかったら…◆

「私はまだまだ善人じゃない」と

あなたに思わせるのを

誰にも許してはなりません。

 

【解説】 これってつまり? そうです、問題は相手の人の態度ではありません。「あの人、感謝が足りない!」じゃないのです。問題はあなた。あなたの良心です。あなたが他の人にしてあげる親切、思いやり、手助け、優しい言葉などの“善意”を、自分に妥協して手を抜いたりしないで、心から、十分にしてあげなさいということですね。そうでないと、あなたの内なるキリストのみ霊は、「あれでよかったの? もっとしてあげることがあるんじゃないの?」とささやかれるのです。したがってこの戒めは、誰にとっても有効ですが、とりわけキリスト者にとっては、善意を向ける視点は周りの人ではなく、“上”なるお方、神様です。「誰にも」とは、優れて「内なるみ霊に」、神様にそう言われないようにということです。どんな小さな善き行いも、人に対してではなく、神様に対してするつもりでなさる時に、あなたの魂は、“主のみ心を行えた”という、深い感謝と喜びに満たされるはずです。祝福を祈ります。

 

(コロサイ 3:23,24) 「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。」