◆世界一 盤石の城◆

人はあなたに石を投げよう。

投げ返してはいけない。

それらを全て集め、“帝国”をつくるのだ。

 

【解説】 石を投げられる。――それは悲しいことです。啄木の歌を思い出します。「石をもて追はるるごとく ふるさとを出でしかなしみ 消ゆる時なし」。

それは悔しく、恥ずかしいことです。姦淫の現場を取り押さえられ、危うく石で打たれそうになったところを、イエスに救われた女性のことを思います(ヨハネ8:1-11)。

それは命を落とすかもしれない恐ろしいことです。イエスも石で打たれそうになり(ヨハネ11:8)、ステパノは、殉教の死を遂げました(使徒7:56-60)。

現代の私たちへの石は何でしょうか? ”言葉”の石があります。怒り、憎しみ、さげすみ、嫌味、皮肉、非難、糾弾…。“態度”の石があります。無視、冷淡、意地悪、嫌がらせ、裏切り、中傷、暴力…。

そんな時、思わず投げ返したくなります。でも、そうしたら、そこには“憎しみの連鎖”が生まれるだけです。澄んでのことでそうしたくなっても、決して投げ返してはいけません。それではあなたの負けです。その場で、静まって、十字架の主を見上げ、あのみ声を聞きましょう。

(ルカ 23:34)「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

それから、それらの石の一つ一つをイエス様の十字架の血潮の底にひとたび沈め、清めてから、一つ一つを丹念に積み上げて、 “城”をつくり上げるのです。その石には、今や、イエス様の十字架の刻印が、次の言葉と共に押されています。“愛”、“喜び”、“平安”、“寛容”、“親切”、“善意”、“誠実”、“柔和”、“自制”(ガラテヤ5:22,23)。そしてひときわ大きい隅のかしら石には、“赦し”の文字が彫られているのです。これこそは、サタンの力をもってしても踏み込むことのできない、難攻不落の神の帝国です。そのみ座には、キリストが君臨したもうのですから!