◆もしや、あなたの王座にいるのは”Sin王”では?

”罪”は、“恵み”なる主権者によって追放されるまでは、あなたの心の王座に君臨するのだ。

【解説】久々のスポルジョンです。上記で、”主権者”、”君臨する”と訳した語は、いずれもsovereignソヴァレインという語です。前者の名詞形、後者の動詞形、いずれにも訳される語ですが、ここにも一流の文筆家でもあった彼の修辞の冴えが見られます。名詞形では、“主権者”の他に”君主、王、支配者”とも訳されますが、スポルジョンがここで言っているポイントは次のことです。
① あなたの心の王座に君臨するのは、Sin(罪)王か、それともGrace(恵み)王か? という問いに、私たちは、静まって答えなければなりません。今だけでなく、日ごとの静思の時の中で――。
② “罪”の反対語は何か? いろいろに考えられますが、事、あなたのクリスチャン生活の祝福のカギという点から考えるなら、それは“義”でもなければ“善行”でもない。“恵み”なのだということです。これなしに、信仰生活は成り立ちません。もしそれを実行しようとするなら、厳しい律法主義の下で、絶えず罪意識におびえながら、命のない生き方を自らに課すしかありません。端的に言うなら、人は、”罪”に生きるか、”恵み”に生きるか、この二者択一しかないのです。
 ③ したがって、私たちは、その正しい選択を、日ごとに求められています。“罪”が君臨する中でその奴隷として惨めな屈従の生き方をするか、圧倒的な“恵み”に満たされて、喜びと感謝の生き方をするか――。その勝利のカギは、自分の力で罪と戦うのではなく(そこには敗北が待つだけです!)、“恵み”の王キリストを、あなたの王座にしっかりと据え直すことです。そして、この“恵み”王のあふれる力で、罪を駆逐していただくのです。王座から引きずり降ろして(原語 dethroneの直訳)いただくのです!
この世の様々な誘惑の中で、サタンをバックにした強力な罪の支配を脱する道は、これ以外にないことを心に刻み込みましょう。

 

Sin is sovereign until sovereign grace dethrones it.