◆誇る者は主を誇れ◆

 

“神の偉大なる人々”に焦点を当てる代わりに、

 

私は“人々の偉大なる神”に焦点を当てたいのです。

 

~ジョン・ウィンバー~

 

 

 

【解説】 人類の幸福と、安全で平和な暮らしのために偉大な貢献をした人に注がれるまばゆいばかりのスポットライト。そのライトが、ゆっくりと上に向けて位置を変えてゆく。その人の姿はじき暗黒の中に消えて、ライトははるか高みの満天の星空を映し出す――。そんなイメージを抱かせる一文です。翻って、受ける側に立って考えると、私たち(と言ってはいけませんね)、いえ私の中には、人々の称賛のスポットライトを浴びたいという潜在的な欲求があります。そのたびに、私の心に去来するのは次のようなみ言葉です。

 

(ヤコブ1:17) 「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。」

 

(Ⅰコリント1:31 「まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。」

 

(ルカ 17:10 「私は役に立たないしもべです。なすべきことをしただけです。」

 

(ヨハネ3:30,)「彼(キリスト)は盛んになり私は衰えなければなりません。」

 

なすべきことを黙々となして、偉大な信仰の先達が言い残した「恥は我がもの、栄光は主のもの」を心に唱えつつ、主に召されるその時まで、“しもべの道”をひたむきに走り抜けたいと思います。

 

 

 

Instead of focusing on great men of God, I prefer to focus on the great God of men.

 

-John Wimber-