◆人は祈るか、罪を犯すかだ◆

 

“祈り”は、あなたが罪を犯すことをやめさせよう。あるいは“罪”が、あなたが祈ることをやめさせるのだ。

 

 

 

【解説】 これ、一見した正直な感想は、「ちょっと極端すぎない?」という気がしないでもありませんが、冷静に考えると、「アーメン」、そのとおりだと思いませんか? 祈りながら罪を犯す人は一人もいません。”祈り”と”罪”は、水と油のように、決して相容れないもの、「罪の反対語は?」と問われたら、「祈りです」と答えても決して間違いでも誇張でもないのです。この一節はまた、人間が徹頭徹尾、罪を犯しやすい、弱く、かつ自己中心の存在であることをも語っています。一瞬一瞬、絶えず祈っていなければ、罪を犯してしまう存在なのだということを、神様のみ前に、素直に認めなければなりません。イエス様が、どんなに多忙な中でも祈りを最優先にされ、パウロが「絶えず祈れ」(Ⅰテサロニケ5:17)と勧めた背景には、この厳粛な事実もあるのだということを、ゆめ忘れないようにしましょう。

 

 

 

Prayer will make you leave off sinning, or sinning will make you leave off praying.