◆実を結ぶ◆

 

私たちは、二つのやり方で実を結びます。内に向かっては、私たちの性格(品性、人格、人柄)のうちに。外に向かっては、私たちの、他者に対して心から仕え、奉仕することの中に――。

 

 

 

【解説】 うちの教会に、“結実さん”というお嬢さんがいますが、ヨハネ15章から、キリストにつながって、豊かに実を結ぶようにというご両親の願いが込められた名前です。ぶしつけながら、あなたは、実を結んでいますか? 救われてから今までの、ご自分の性格の変化と、他者に対する態度の変化を見れば分かるとこの言葉の作者は言います。この実の結び方は、ぶどうの実の内側と外側になぞらえることができます。粒が小さくて、皮は硬い、実は酸っぱい…。これはまだ未成熟です。内ははかなり甘くなってきたけど、皮が堅い。人に敬遠されて、せっかくの甘い実を食べてもらえない。外は柔らかくなってきたけど、内側がまだまだ酸っぱい。だからひと口、口に入れてはもらえても、ペッと吐き出されてしまう…。⇒実も皮も十分熟して、黙っていても芳醇な香りを放ち、手に取ると「さあ召し上がれ」と言わんばかりに、弾力性があって柔らかい。一口かじると、「ぷちゅ!」と割れて、中の甘い果汁が口いっぱいに広がる…(なんか、よだれが出てきそうです!)。この二つのやり方は、統合性を持っています。持たなければなりません。カギは、…もちろん、イエス・キリストの太い幹にしっかりつながっていること、良き農夫である父なる神様から、日々み言葉によって養われ、実を結ぶ妨げになるエゴとか、無関心とかの余計な葉っぱなどを、いつも剪定してもらうことですね。そして、定期的にご自分でチェックしてみてください。「私、実を結んでるかな? 内側は? 外側は?」と――。

 

 

 

We bear fruit in two ways: inwardly in our character and outwardly in our ministry and service to others.