◆未来は”見つける”もの◆

「未来」は、“起こる”のを待ちながら、あなたの前に横たわっているものではありません。それは、”見つけられる”のを待ちながら、あなたの心の奥深くに横たわっているのです。

 

【解説】 はい、これは典型的“対称文”ですね。前者の“未來”は「私の前で、起こるのを待っている」、後者は「私の中で、見いだされるのを待っている」。前者を「静的(スタティック)未来」と言うなら、後者は「動的(ダイナミック)未来」とも言えます。前者は、生きていく先々で、時が来ると起こってあなたが出会い、過ぎ去っていく未来であり、後者は、あなたがその出来事を見つけ出し、呼び覚ますことによって、初めて起こる未来です。見つけられなければ、それは永遠にあなたの中で眠ったままです。したがってそれは、“チャンス”とも呼べるものです。それはすばらしい可能性を秘めていますが、その未来を切り開くには、自分の中に眠っている夢、理想、目標、そしてたまものは何かを探求し、それを実現していこうという確とした“意志”がなければなりません。時の流れにゆったりと身を任せて、起こるがまま、なすがままに生きるのも人生ですが、自分の可能性にチャレンジして、自分の未来を見つけ出し、切り開き、豊かな実を残してていくのも人生です。“一度限りの人生”、あなたはどちらをお望みですか? 聖書は、キリストにあがなわれ、神のものとされた信仰者の人生は、救われたその瞬間に、前者から後者に変えられたのだと言っています。なぜなら、私たちには、なんのために生きるのかという人生の大命題に、答えが与えられたからです。そして、このようなダイナミックな未来を実現する力を、“上から”与えられたからです。

(Ⅱコリント5:1415 「また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。」

(ピリピ2:13 「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」

 

"The future doesn't lie ahead of you, waiting to happen.

 It lies deep inside of you waiting to be discovered."