◆栄化、この確かな望み◆

「神の召しによって与えられる望みがどのようなものか…を、あなたがたが知ることができますように。」(エペソ118

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少しずつ効力が明らかになる、私たちの“召し”の望みは、神様の約束と、キリストが成し遂げられたみ業という土台の上に据えられており(Ⅰペテロ13)、これらのお約束が成就されることへの、確かな期待と、忍耐を伴う待望という性格を持っています。これこそは、キリストが再びおいでになる時、私たちがついに栄化され、神の栄光にあずかるということへの希望です。それが、この試み多き人生での、力と揺るぎなさの源になるのです。その結果として、この望みは、私たちを喜びで満たし、神に喜ばれる生き方をするように動機づけます。(ジョン・マッカーサーJr.

 

【解説】この頃は、マデレンさんが、私のタイムラインに「これ、日本の皆さんに紹介して!」と投稿なさるので、アクセスした方は、まずこの英文を読まれることになります。結果的に…、私は何が何でも翻訳しなければなりません!(笑) 

私たちの”召し”には、いろいろな意味合いがあります。入信への召し、職業への召し、結婚への召し、献身への召し…。そしてこれは、キリスト者の召しとしては、最も栄光に富んだもの、主の再臨の時の私たちの“栄化”への召しです。これこそ、“栄光の望み”ですね。この望みが与えられているからこそ、私たちはこのつらい世を、内なる喜びに満たされて、生きていけるのです。神様の備えてくださった、キリスト者の歩みとは、なんとすばらしいものでしょうか! (なお著者は、アメリカLAのマスターズ大学、神学校学長で、グレイス・コミュニティー教会の牧師、ラジオ放送牧師です。)

 

"I pray that... you may know what is the hope of [God's] calling."

 - Eph. 1:18

The hope of our effectual calling instills is grounded in God’s promises and in Christ’s accomplishments (1 Peter 1:3), and is characterized by confidently expecting and yet patiently waiting for those promises to be fulfilled. It is our HOPE of final glorification and of sharing God's glory when Christ returns. It is a source of strength and stability amid the trials of life. Consequently it should fill us with joy and motivate us to godly living.

~ John. MacArthur, Jr.