2020年

5月

19日

◆平安に生きるための5つのカギ◆

1.《最も美しい日》

最も美しい日とは、

あなたの心と魂と思いが“平安”である日です。

【解説】 本当に、世の中の様々な喧騒の中で長い年月を生きてくると、お金も、社会的地位も、名声も、世の楽しみももはや要らない。ソロモンのように、それらは全て“空の空”(伝道者の書/コヘレトの言葉1:2)。ただ永遠まで続く“平安”があればいいと思うようになります。主が与えてくださる平安は、この世のものとは違うのです。

(ヨハネ 14:27) 「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

The most beautiful days are the ones where your heart, soul and mind are at peace.

2.《平安は内から》

平安は内から来る。それを外に探してはならない。~仏陀

【解説】ブッダ(釈迦)は、長い年月の瞑想ののちの悟りで平安を得たと言われています。私たちの内なる平安は、キリストのみ霊を心の王座に据えるときに、“主の平安”として心を満たすのです。

Peace comes from within. Do not seek it without. – Buddha

3.《幸せな眠り》

“幸せ”は、夜、“平安”な思いと“感謝”の心と共に、眠りに就きます。

【解説】“幸福”を擬人化して「幸せは眠る」と言っているところが面白いですね。あなたの寝つきはどうですか? その日の感謝を一つ一つ数えて、幸せな眠りにお就きになりますように――。

Happiness is going to sleep at night with a peaceful mind and a grateful heart.

4.《内なる平安を得るため手放すべき5つのこと》

(たびたび登場するlet goです。カッコ内は訳者のショート解説)

1. 考えすぎ(これは杞憂と直結していて、高じると鬱になります。きっぱり心に強制ストップをおかけなさい。)

2. 人のご機嫌とり(人を喜ばせることばかり考えていると、“自分”がなくなり、心が卑しくなります。)

3. 自己批判(自分いじめは肉のわざ。主への罪の悔い改めはみ霊のわざです。)

4. 完全主義(これは惨めな敗北主義と裏表です。人にも自分にも完全を求めず、ありのままに受け入れましょう。)

5. 個人的に受け取る(これは「寄らばつまずかん」(!)で“自意識過剰”の典型的症状です。相手と自分の間に聖霊様にお入りいただくこと。全てを客観的に、冷静に受け止め、その中から、自分に当てはまることを静かに教えてくださるのは、み霊のわざです。決してあなたの自我にコントロールさせてはなりません。)

5 things to let go of to have INNER PEACE

1. Overthinking

2. People pleasing

3. Self criticism

4. Perfectionism

5. Taking things personally

5.《祈り》

天の父よ、自分のトラブルに思い煩うことなく前に進める、より良く易しい道があります。パウロがそれをはっきり示してくれたことを感謝します。何事も思い煩うことのないようお助けくださり、祈りによって速やかにあなたのもとに行くことを教えてください。私を希望と信仰と、困難なときには、あなたが私のために道を備えてくださるという深い知識で満たしてください。イエス様の力あるみ名によって、アーメン。

(ピリピ 4:6,7) 「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

Heavenly Father, there is a better and easier way to move through my troubles than worrying about them. Thank you that Paul makes this so clear. Help me to not be anxious about anything instead, teach me to come quickly to you in prayer. Fill me with hope, with faith and a deep knowing that you will make a way for me in difficult times. In Jesus’ Mighty Name, AMEN!

 

【FBギャラリー】No.151 「母と娘の花摘み」

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2019年

4月

30日

◆平安に今日を生きるための5つのカギ◆

1. 《神は“万有所有者”と知れ》 

キリスト者の理念: 神は、全てのものごとの絶対的な所有者である。

~クローヴィス・G・チャペル

【解説】 これは、神様が万有の創造者であることを考えれば、当然の帰結ですね。“所有者”の原語ownerは、今どきは”オーナー”という外来語としても使われています。オーナーの権力は絶対です。神様が万物の所有者であるということは、神様が“万事の究極の解決者”でもあるということです。あなたは、そのことを人生のどんな局面の中でも、心から信じ、委ねていますか?

“The Christian idea is this: that God is the absolute owner of all

things.”– Clovis G. Chappell

 

2. 《「おはよう」に思いを込めよ》

朝の挨拶は、ただ「おはよう」と口で言うだけではありません。それは、「朝、目が覚めた時、あなたを忘れずに覚えています」という“沈黙のメッセージ”なのです。

【解説】 現実には、毎朝のことともなれば、なかなかそこまでの思いを込めることはないかもしれませんが、“そうなんだ。今度は、そういう気持ちで言ってみよう”と思うだけで、声の調子が変わってきます。そして、続けて「今朝はどう?」「よく眠れた?」などのひと言も自然に出てくるのではないでしょうか? それは、朝一番から始められる、最も簡単な恵みのシェア=分かち合いです。なぜなら人は、“この人は気にかけてくれてる”と思うだけで、その日一日を生きる力を与えられるからです。

Morning greetings doesn’t only mean saying Good Morning, it has a silent message saying “I remember you when I wake up.”

 

3. 《「危機」から“ピンチはチャンス”と知れ》

Crisisクライシスを漢字で「危機」と書くと、この言葉は二つの漢字で成り立っています。「危」は“危険”を表し、「機」は“機会”を表すのです。

~ジョン・F・ケネディ―~

【解説】 ケネディーは尊敬する偉人の一人に、あの米沢藩の財政を立て直した名君主上杉鷹山を挙げるほどの日本通でした。その彼から漢字で「危機」の意味を学ぶのもまた一興ですね。人生には様々な危機が訪れますが、この危機を我が身に降りかかった不幸、不運のマイナス経験として落ち込み、打ちひしがれるか、これを機にさらに飛躍するために神様が備えてくださったプラスの機会=チャンスとして捉えるかは、私たち次第です。そのカギは、あのローマ書8:28を心に銘じて神に依り頼む“信仰”ですね。

(ローマ 8:28)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

When written in Chinese, the word “crisis” is composed of two characters – one represents danger, the other represents opportunity. – J. F. Kennedy (1917-1963)

 

4. 《裁きは少なく、愛は多くあれ》

この世で、汚れなく完全な人は一人もいません。

もしあなたが人の小さな失敗のゆえにその人を避けていたら、

あなたはいつも孤独でいることになります。

だから、裁くこと少なく、愛すること多くありなさい。

No one in this world is pure and perfect. If you avoid people for their little

mistakes you will always be alone. So judge less and love more.

 

5. 《赦し、忘れよ》

人を赦すとき、あなたは癒やされます。

忘れるとき、あなたは成長するのです。

【解説】 これは、上記3からつながり、そこから当然導かれることですが、私たち一人一人に神様がお約束くださる真実です。私たちの心が病み、癒えないのは、心の深いところで誰かを赦していないところに原因がある場合があります。それに気づいたら、その人を、また赦せないわけを神様のみ前に持ち出して、ともかくそのまま明け渡してしまいましょう。そして忘れるのです。“忘れる”と訳した原文のlet goレットゴーは、“手放す、解き放つ、行かせる、そのままにする”ということ。あとは神様の領分です。ほんとに不思議なことですが、あなたの心から、あれほど相手を赦せず苦しかった思いがウソのように消えます。一方で神様は、相手の人の心にも、働きかけてくださるのです。そして必要なら、その人から和解の手を差し伸べさせてくださいます。そのときあなたは、“赦すことは恵みである”ことを実感し、信仰の成熟への階段を一段上れるほどに成長した自分を見いだすことでしょう。

なぜなら、”赦し”はあの主イエス・キリストの十字架から始まり、“赦す”ことは神様のご性質そのものだからです。

When you forgive you heal. And when you let go you grow.

 

【FBギャラリー 39】 ライザ・オーガー 「華やぐ時」

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2018年

11月

22日

◆平安か喧騒かは朝で決まる◆

平安と静かな心のうちに、一日を始めなさい。

そうすれば、

あなたは全き平安と喜びのうちに前に進み、

その日に起こるどんなことにも、

立ち向かうことができます。

~アイリ-ン・キャディー~

 

【解説】 はい、これができるかどうかのカギは、朝の神様とのお交わりにあります。そしてこのように言われた“主の平安”を自分のものにすることです。

(ヨハネ 14:27) 「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

 

"Start each day in peace and stillness, then you can go forth and face whatever the day may bring in perfect peace and joy". ~~Eileen Caddy

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2018年

8月

13日

◆平安: このすばらしきもの◆

平安は人生の美しさ。

それは太陽の光、

それは子供のほほえみ、

母の愛、

父の喜び、

家族のだんらん。

それは人間の向上、

正義の勝利、

真理の大勝利。

~メナヘム・ビギン~

 

Peace is the beauty of life.

It is sunshine.

It is the smile of a child,

the love of a mother,

the joy of a father,

the togetherness of a family.

It is the advancement of man,

the victory of a just cause,

the triumph of truth.

~Menachem Begin~

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2018年

1月

24日

◆確実に平安を得られる二つの方法◆

(1) 人のことはほっときなさい
もしあなたが、“自分の目で”それを見たのでなかったら、
はたまた“自分の耳で”それを聞いたのでなかったら、
“自分の口で”人にそれを話すのはおよしなさい。

【解説】 この引用句には2つのウィット(機知)があります。1つは「人のことはほっときなさい」と訳したタイトルの言語Mind your own business。直訳すれば、「自分の仕事をちゃんとやりなさい」ということで、誰かに何か文句を言われたときに、「私が何をしようと、余計なお世話よ。口出ししないで!」という意味で使います。それがここでは、“自分自身に”戒めとして言っているのです。
 もう1つは、この訳でも引用符で強調しておきましたが、「目」「耳」「口」という人間の体の3つの器官をを使って、“ちゃんと自分で事実だと確認しない限り、人のうわさ話を安易に受け売りしてはいけない”と戒めていることです。
 これは、人間のモラルとしても当然ですが、キリスト者はさらに一歩“上”を目指さなければなりません。聖書には、「陰口をたたく者のことばはおいしい食べ物のようだ。腹の奥に下っていく」(箴言18:7-8)とあり、その“おいしさ”には、信仰を持っていても、ついつい一口“食べたく”なりますが、結局それは誤解のもととなり、親しい友をさえ離れていかせる結果になります(同16:28)。当然ながら、「そのような人とは交わるな」と戒められ(同20:19、Ⅰテモテ5:12-13)、ひっきょう神の裁きに会う罪のリストの中にも記されているわけです(ローマ1:29b-32)。反対に、自分の舌を制する人は苦しみから自分を守ることができますが(同21:23、ヤコブ1:19,26)、その苦しみの最たるものは、人間関係の破れから“心の平安”を失うことではないでしょうか?
 「隣人をさげすむ者は思慮に欠けている。しかし英知のある者は沈黙を守る。歩き回って人を中傷する者は秘密を漏らす。しかし真実な心の人は事を秘める」(箴言11:12-13)。”英知のある者”、”真実な心の人”とは、頭脳明晰の賢さではありません。“心の賢さ”です。真に賢い心は、自分の徳を高めることには向けられず、他者への優しさと思いやりに向けられます。人の英知と真実は、深いところで“愛”に根差しているからです。あのキリストのご生涯に表された愛に心が満たされているとき、人は、もはやたとえ自分の目と耳で事実と確かめても、自分の口から人に告げることはしません。“心の平安”は、人間関係が安らかであって、初めて得られるものだからです。

(2) 赦すことです
他の人を赦しなさい。
その人が赦すに値するからではなくて…
あなたが“平安でいる”ことに値するからです。

【解説】 復活されたイエス様は、弟子たちに向かって、「平安あれ」と3度も言われました(ヨハネ20:19,21,26)。他の時に言われた「強くあれ」でも「恐れるな」でも「しっかりしなさい」でもなかったのです。それは、この“平安”が、人間にとって、どんな場合にも、というより、周りに風がほえたけり、荒波が押し寄せる“嵐”の状況であればあるほど、何よりも大切な心のよりどころ、生きる支えになるからです。
 この平安は、この世の何ものによっても得られません。巨万の富を蓄えてもダメです。それは、2つのことによって、あなたのものになります。1つは人に対して“平和”であること。(「平安」と「平和」は、原語では共にpeaceピースです。)これは、人を赦すことによってしか得られません。もう1つは、神様との平和です。そのためには、あなたと神様とを隔てる“罪”が、大きなものも小さなものも、包まずに告白することによって、十字架のみ前に赦されていなければなりません。それによって、神様とあなたとの隔ての中垣が何一つ存在せず、いつもイエス様が、あなたと共にいてくださること。この2つが解決されて、人が何よりも必要な“平安”は、あなたのものになります。
 そのときには、人があなたにしたことなど、どうでもよくなります。なぜならあなたの目は、もはや人があなたに犯した過ちの大小にではなく、この世の何ものにも揺るがされない、主にある平安に注がれているからです。生ける主は、今、あなたに対しても「平安あれ」と言われます。それには「あなたは平安でいるに値するからだ」と言われる主の、声なき声が続いているのです――。
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2017年

7月

24日

◆ピースフルな世界へ…◆

行きなさい…。“平安”の宿るところへ…。

 

(まずは、この静かな川面に憩うご自分を、しばしご想像ください。)

 

Go .....

where the peace is ......

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2017年

4月

30日

◆平安はまず我が心に◆

もしあなたが、自分自身のうちに平安を見いだせないなら、

他のどこにも決して見いだせはしない。

~マーヴィン・ゲイ~

 

【解説】 「平安」と訳した語peaceは、ご存じのように「平和」とも訳せる語です。日本語でも、この2つの言葉はほとんど同じような意味ですが、「平安」は自分自身の心の状態をまず指すことが多いのに対して、「平和」のほうには、他者との「戦い・闘い・争い」の反対語としての意味合いが強いです。つまり、他者との間に保たれるもの、それが平和であると言えるかと思います。かつてビリー・グラハムは、「神との平和」を書いて、ベストセラーとなりました。このように考えると、次のような相関わる真理に導かれるのではないでしょうか。

 私たちは、他の誰との平和を求める前に、まず自分の心のうちにまことの平安を持つべきです。

 しかしそれは、自分自身のうちにあるものではなく、イエスから頂くべきものです。

 絶えずみ父との間に平和を保っておられたみ子にして、ご自身のうちにある平安を、信じる私たちにお与えくださることができます。そう、私たちは、“み子イエスの平安”を頂いて初めて、周りや世界に何が起ころうとも、決して揺るがされることのない平安を、自分のうちに持つことができるのです。

 その時に私たちは、他の移ろいゆくものに、つかの間の平安を求めることをやめます。そして、神との平和を得て初めて味わうこの平安を他の人と分かち合うべく、全ての人との、そう、敵に対してさえ、平和を保とうとして出ていきます。そのときにこそ私たちは、心に“イエスの平安”を抱いた平和の使者に、“平和を創り出す者”にしていただけるのです。

(下記の聖句から、このことをしばし瞑想してみてはいかがでしょうか?)

 

(ヨハネ 14:27) 「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

(ローマ 12:18) 「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。」

(エペソ2:14,15) 「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。」

(マタイ 5:9) 「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。」

 

If you cannot find peace within yourself, you will never find it anywhere else.

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2016年

1月

27日

◆嵐か、平安か?◆

 

世の人々の“嵐”の中に、

 

あなたを引きずり込ませてはなりません。

 

あなたの“平安”の中に、

 

彼らを引きずり込むのです!

 

 

 

Don’t let people pull you into their storm. Pull them into your peace.

 

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2015年

12月

07日

◆平安(2)◆

“平安”は、ある時節のことではありません。それは、人生の在り方です。“平安の霊”が私たちの人生の一部になるとき、巡りくる日は全て“クリスマス”であり、巡りくる夜は全て“夜明けの約束”を携えているのです。

~作者不詳~

 

"Peace is not a season... it is a way of life. When the spirit of peace becomes a part of our lives, every day will be Christmas and every night will hold the promise of dawn."

Anonymous


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2015年

12月

05日

◆平安◆

(ピリピ 4:7 「そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

 

"And the peace of God, which surpasses all understanding, will guard your hearts and your minds in Christ Jesus."

 ~ Philippians 4:7


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2015年

11月

02日

◆ジョージ・ミュラーに聴く◆


  1. 試み、障害、困難、そして時には敗北は、まさしく“信仰の糧”である。

  2. ああ、天の父は、私に対し、いかに優しく、良きお方であられたことだろう! 私には何の痛みも苦しみもなく、リューマチも患っていない。93歳になった今、私は、孤児院に住みながら、自分自身に対して、この上ない気遣いと安らぎを覚えながら、その日の仕事をこなしているのだ。

 

~ジョージ・ミュラー~

 

  1. Trials, obstacles, difficulties & sometimes defeats are the very food of faith.

  2. Oh, how very kind and good my heavenly Father has been to me! I have no aches or pains, no rheumatism, and now in my ninety-third year I can do a day’s work at the orphan houses with as much care and comfort to myself as ever.

-George Mueller-


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2015年

10月

21日

◆静けさの中で◆

私たちは神を見いださねばなりませんが、神様は、喧騒とせわしなさの中には見いだされません。神様は、”静けさの友“なのです。自然をご覧なさい。―木々や、花々や、草々が、静けさの中でいかに生長していくかを。天をご覧なさい。―星々や、月や、太陽が、静けさの中でいかに移動していくかを…。

 

私たちが人の魂に触れるためには、“静けさ”が必要なのです。

  ~マザー・テレサ~

 

God Gave Us Nature To Heal Ourselves.

 

 "We need to find God, and he cannot be found in noise and restlessness. God is the friend of silence. See how nature - trees, flowers, grass- grows in silence; see the stars, the moon and the sun, how they move in silence... We need silence to be able to touch souls."

 

 ~Mother Teresa


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2015年

9月

06日

◆嵐の中の平安◆

心のうちに平安を持つということは、

私たちの人生に、嵐がないということではありません。

“平安”は神様からのたまものであり、

私たちの立ち騒ぐ心の中に平安を引き入れ、

恐れを追い出すことによって、

たとえ嵐のただなかにあっても、

勝利を収めることができるのです。

 

(ヨハネ14:27)「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」


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2015年

7月

19日

◆握っているものを手放して◆

行かせなさい。そして、神様と天使たちがあなたを助けてくれるままになさい。

なんであれ、あなたが手放すものは、それよりもさらに良いものに変えられるか、あなたのもとに“癒やされて”帰ってくるのですから。

 

【解説】短い勧めですが、結構奥が深いですね。“これだけは、絶対手放さない“と思っているものが、私たちにはあるのです。それが、自分自身をも、周りの人々をも、苦しめ、傷つけていることに気づかずに。手放しましょう、今。それは、本当は、手放すのではなく、全能・最善の神のみ手に委ねることなのですから。

 

Let go, and allow God and the angels to help you. Everything that you release will either be replaced by something better or will be returned to you healed.


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2015年

1月

16日

◆内なる平安◆

他の人の振る舞いで、

 あなたの“内なる平安”を

 損なわせないようにしなさい。

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 神様が私たちをかたちづくられた。(Form)

 悪魔がそのかたちをゆがめた。(Deform)

 その私たちを、キリストがつくり変えてくださる。(Transform)

 

(訳注: はい、一目瞭然、formの脚韻3つをそろえた言葉遊びです。この韻訳はギブアップですので、意味で味わってください。 )

 

Do not let the behavior of others destroy your inner peace.

GOD FORMED US; SIN DEFORMED US; CHRIST TRANSFORMS US. AMEN


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